JCOPYの沿革

前史

1988年に日本書籍出版協会などによって行われた調査で、日本国内における出版物からの複写が年間14億枚に上ることが判明し、出版物の複写にかかる管理団体設立の機運が高まった。

1990年12月7日、出版者7団体(日本書籍出版協会、日本雑誌協会、自然科学書協会、出版梓会、日本専門新聞協会、日本図書教材協会、日本楽譜出版協会)が任意団体の出版者著作権協議会(出著協)を設立し、著作権管理団体の創設に協力することとなった。

翌1991年9月30日、日本複写権センター(JRRC)が設立された(1998年に社団法人化、2012年4月には公益社団法人日本複製権センターに法人格と名称を変更)。

JRRCには一律頁2円(当時)で包括的複写利用を認める方式と、出版者(社)がそれぞれの出版物に個別に指定した単価で複写利用を認める特別許諾方式、いわゆる「白抜きR」方式が併存していたが、JRRCは2000年12月26日、「白抜きR」方式の取扱いを中止し、この方式で委託していた出版物の複写に関する権利が宙に浮く事態が生じた。

JCLS時代

2001年1月25日、「白抜きR」扱い中止に対応するため、そして何よりも、複写利用者の便宜をはかると同時に、著作権者ならびに出版者の権利と利益を保護するために、自然科学書協会と日本医書出版協会の協力・支援のもとに、株式会社日本著作出版権管理システム(JCLS)が発足した(代表取締役、金原優氏)。これがJCOPYの前身の一つである。

JCLSは同年5月31日から出版者との委託契約を開始し、7月5日には複写利用者に対する許諾業務が始まった。

2002年11月15日には、出版者への最初の複写利用料分配が行われた。

2003年10月1日、ヨーロッパ最大の自然科学雑誌出版社であるElsevier B.V.と複写利用等にかかる管理委託契約を締結し、翌月11月1日から同社著作物の管理業務を開始した。

2005年4月22日、早川義英氏が代表取締役に就任した。

2007年9月10日には、米国の著作権管理団体であるCopyright Clearance Center, Inc.(CCC)と双務協定を締結し、翌年1月1日からその管理業務を開始した。

2007年11月17日、著作権等管理事業法による「著作権等管理事業者」として文化庁に登録された(第07002号)。

2009年4月1日、JCOPYが発足した。それに伴って、2009年4月20日、JCLSの複写許諾業務ならびに著作権等管理事業をJCOPYへ承継することを決議した。

2009年6月25日には金原優氏がJCLSの代表取締役に復帰した。

2009年7月1日、JCLSは著作権等管理事業をJCOPYに承継した。

2010年10月1日、JCLSは複写権受託業務のすべてをJCOPYに承継し業務を終了した。

2011年2月10日、JCLSは解散した。

出著協の動き

JCOPYのもう一つの前身である出著協は、学協会著作権協議会(現・学術著作権協会)、著作者団体連合とともに、JRRC構成3団体の一つとなり(2003年に新聞著作権協議会が参加して4団体)、出版者側窓口となって委託出版物をJRRCに再委託し、JRRCから分配される複写利用料を出版者7団体ならびに所定の学術団体に再分配する業務を開始した(初代会長、小林武彦氏)。

1999年5月12日、古岡滉氏が会長に就任。

2002年5月27日には大坪嘉春氏が会長代行となり、翌年5月22日に会長に就任した。

2005年6月14日、金原優氏が会長に就任し、著作権管理団体一元化の第一段階として、出著協とJCLSとの統合が議論されることとなった。

2008年9月3日には、出版者7団体が有限責任中間法人出版者著作権協会(新・出著協)を設立登記した(代表理事、小峰紀雄氏)。

2009年1月1日、出著協は新・出著協に業務を移管した。

2009年3月31日、出著協は解散した。

新・出著協からJCOPYへ

2009年3月5日、新・出著協は一般社団法人出版者著作権管理機構(JCOPY)への法人格変更・名称変更を決議し、同年4月1日、JCOPYが発足した(代表理事は、日本書籍出版協会理事長の小峰紀雄)。

2009年5月29日、JCOPYはJCLSから複写許諾業務ならびに著作権等管理事業の承継を受けることを決議し、1ヶ月後の7月1日、JCOPYはJCLSから著作権等管理事業を承継された。

2010年3月29日には、事務所を文京区本郷から新宿区袋町の日本出版会館に移転。

2010年6月21日、第二代目の代表理事に相賀昌宏(日本書籍出版協会理事長)が就任した。

2010年10月1日、複写権受託業務の承継を完了。

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